禿の祭⑬ だから一人にすんなっての
- 2016/06/11
- 15:10
部屋を出ると、棒つきキャンディを舐めている若本が立っていた。
「センター内は飲食禁止だ」
通りすぎる楠木の後ろについて、若本は歩き始めた。
「今日はだいぶ荒れてましたね」
「聞いてたのか」
その言葉には、聞いていたのに出てこなかったのか、という非難が込められている。 若本はそのふくみに、はは、と笑ったきり口を閉ざしたのであった。ずるい人間だと思う。棒つきキャンディを口のなかでコロコロと転がしていることも含めて。
少年原田は持てる限りの語彙力で、極めて理解しづらい説明を繰り返してくれた。これで彼も、明日から普通の生活に戻れるのだ。起きる頃には通常の入院部屋に入り、適当な病名をつけられることだろう。普通の生活に戻る、ただ一つ、昨夜の記憶が抜け落ちることを除いて。
待機していたドクターたちが今ごろ、手際よく原田に麻酔を打ち、脳に施しを加えている頃だろう。
長い廊下をコツコツと靴音を立てながら歩いていく。A棟からC棟に繋がる渡り廊下は、床以外の三面がガラス張りになっており、深夜にも関わらず明るさを保っている。開けた視界に何となく立ち止まった。
「今回のゾンビは高校生のようだ」
「高校生?」
来た道、これから行く道に誰もいないことを確認して続ける。
「原田少年が言うには、中堅高校である守成高校の制服を着ていたそうだ」
「守成か」
若本は腕組みをし、歩行者用の手すりに腰を預けた。
「何か引っ掛かることがあるのか?」
「いや」
それっきり、若本は喋らなくなった。月明かりの下、ボリボリとキャンディを噛み砕く音が響いた。
「なんだよ」
ううむ、と腰を捻り外を見やっては、ああんと首を傾げる。どうしても答えが出ないようだったので、楠木は歩き始めた。踏み出した足を地面に着くか否かという瞬間、信じられない大きさで「あ」と口にした。バランスを崩したものの何とか体勢を整え、振り返り若本に一発。
とはいかず、振り出した楠木の拳を丸め込むように、若本は受け止めた。やるせない空気間の中、ごほん、と一つ咳払いののち、「思い出したのか」と聞いた。
「ええ。守成って言ったら、成績上位の優等生が失踪したって、ニュースになっていた高校ですよ」
なんだよ。音量に見合わない情報に落胆した。今度こそ何も言わずに歩き出す。渡り廊下を抜け、一階まで降りれば出口だ。
「ちょっと、何か反応してくださいよ」
「反応するようなことはないだろう。失踪してるだけなんて、自分だってガキのころ家出くらいしたもんさ。それをそんなにも騒ぎ立てるメディアが良くないね」
俺の若いころは、と言う訳ではないが、最近はどうにも騒ぎ過ぎな気もする。それほど大きく何かが変わったのだろうか。その過保護が、世代を決定的に分けてしまっているのでは無いだろうか。
「まあでも、一週間ですからねえ」
「そんなもん」
階段を降りる途中、楠木は歩みを止めた。口を開きっぱなしで何事か喋っていた若本の声が次第に小さくなる。恐らく、一階まで降りた後、ドタドタと足音が戻ってきた。
「夜の病院ってなんだか不気味っすね。一人にしないでくださいよ」
「守成高校の生徒失踪事件の担当刑事と話がしたい」
「どうしたんですか急に」
「失踪者は我々が保護する」
再び歩みを進めた楠木の後方では「だから一人にすんなっての」とぼやき声。
「センター内は飲食禁止だ」
通りすぎる楠木の後ろについて、若本は歩き始めた。
「今日はだいぶ荒れてましたね」
「聞いてたのか」
その言葉には、聞いていたのに出てこなかったのか、という非難が込められている。 若本はそのふくみに、はは、と笑ったきり口を閉ざしたのであった。ずるい人間だと思う。棒つきキャンディを口のなかでコロコロと転がしていることも含めて。
少年原田は持てる限りの語彙力で、極めて理解しづらい説明を繰り返してくれた。これで彼も、明日から普通の生活に戻れるのだ。起きる頃には通常の入院部屋に入り、適当な病名をつけられることだろう。普通の生活に戻る、ただ一つ、昨夜の記憶が抜け落ちることを除いて。
待機していたドクターたちが今ごろ、手際よく原田に麻酔を打ち、脳に施しを加えている頃だろう。
長い廊下をコツコツと靴音を立てながら歩いていく。A棟からC棟に繋がる渡り廊下は、床以外の三面がガラス張りになっており、深夜にも関わらず明るさを保っている。開けた視界に何となく立ち止まった。
「今回のゾンビは高校生のようだ」
「高校生?」
来た道、これから行く道に誰もいないことを確認して続ける。
「原田少年が言うには、中堅高校である守成高校の制服を着ていたそうだ」
「守成か」
若本は腕組みをし、歩行者用の手すりに腰を預けた。
「何か引っ掛かることがあるのか?」
「いや」
それっきり、若本は喋らなくなった。月明かりの下、ボリボリとキャンディを噛み砕く音が響いた。
「なんだよ」
ううむ、と腰を捻り外を見やっては、ああんと首を傾げる。どうしても答えが出ないようだったので、楠木は歩き始めた。踏み出した足を地面に着くか否かという瞬間、信じられない大きさで「あ」と口にした。バランスを崩したものの何とか体勢を整え、振り返り若本に一発。
とはいかず、振り出した楠木の拳を丸め込むように、若本は受け止めた。やるせない空気間の中、ごほん、と一つ咳払いののち、「思い出したのか」と聞いた。
「ええ。守成って言ったら、成績上位の優等生が失踪したって、ニュースになっていた高校ですよ」
なんだよ。音量に見合わない情報に落胆した。今度こそ何も言わずに歩き出す。渡り廊下を抜け、一階まで降りれば出口だ。
「ちょっと、何か反応してくださいよ」
「反応するようなことはないだろう。失踪してるだけなんて、自分だってガキのころ家出くらいしたもんさ。それをそんなにも騒ぎ立てるメディアが良くないね」
俺の若いころは、と言う訳ではないが、最近はどうにも騒ぎ過ぎな気もする。それほど大きく何かが変わったのだろうか。その過保護が、世代を決定的に分けてしまっているのでは無いだろうか。
「まあでも、一週間ですからねえ」
「そんなもん」
階段を降りる途中、楠木は歩みを止めた。口を開きっぱなしで何事か喋っていた若本の声が次第に小さくなる。恐らく、一階まで降りた後、ドタドタと足音が戻ってきた。
「夜の病院ってなんだか不気味っすね。一人にしないでくださいよ」
「守成高校の生徒失踪事件の担当刑事と話がしたい」
「どうしたんですか急に」
「失踪者は我々が保護する」
再び歩みを進めた楠木の後方では「だから一人にすんなっての」とぼやき声。
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